c) ブランコの加速 (角運動量保存則の加速)

【賛成意見】
・角運動量保存則という物理現象により、重心が回転中心に近づくことで加速
・ターンを上から見て、ブランコの立ち漕ぎと同じようにして加速する
・内傾により、ターン前半で加速するが後半同じ理屈で同じだけ減速している
・なるべくターン弧を緩めてからクロスオーバーに向かうことで減速を減らし加速
・普通の運動ベクトルの考えでも説明できるため、これで考えた方がわかりやすい

【反対意見】
・半径が小さくなれば速くなるなら、ターン弧を小さくしても加速するのでは?
・杭に巻き付く錘は速くならないから、加速しない
・完全な円運動でなければ加速できないから、スキーでは不可能
・ブランコの加速は、角運動保存ではなくエネルギー保存則で説明されるもの
・角運動量保存則ではなく、運動ベクトルで説明できるのでは?

【角運動量保存則による加速の方法】

円運動をしている物体には角運動量保存の法則というのが働きます。これは、 
l=mrv (m:質量 r:半径 v:速度) が一定になるというものです。 

そのため質量が変わらずに半径が変われば速度が速くなります。 
例えば、半径が半分 r'=r/2 になるとすると、
mrv=mr'v' より v'=rv/r'=v*r/(r/2)=2v
となり、速度は倍になります。

一番わかりやすい例は、フィギュアスケートで回転しているとき、手足 
を縮めると回転速度が速くなりますが、あれの原理です。 
あと、ブランコで漕ぐのも、回転半径に対して前後ではなく上下に 
動くことで加速していきますが、それもこの原理です。 

なぜこれでブランコ等が加速出来るのかについては、

「ブランコの中の∞(無限大)」

「ブランコ詳解」
などのページの説明を読んでみてください。

「Single Pendulum applet」
にシミュレータもあるんで、それもどうぞ。 
もしくは、実際に自分でブランコ漕いだり、インラインでバート 
入ってみるのも良いと思います。 


これをスキーのターンの中で考えると、ターン弧の中心に向かって内倒 
していくことで、重心が中心に近づくため、この法則が効いてきます。 
現実的にはターン弧10mで、1m程度変わればいい方だと思うので、10/9 
だから10%ましくらいの速度になるわけです。 

ところが同じターン弧で元に戻ると、今度は同じく角運動量保存則より同じだけ速度が戻ってしまいます。 

そこで起きあがってくるときには、エッジングをゆるめてやってターン弧 
を浅くしてやってから戻ってきます。
もし、がんばって半分のターン弧にしてからクロスオーバー出来たとすると、Rは倍になりますから、 19/20だから5%の減速で済みます。 

つまり、差し引きで5%の加速ができるわけです。 


まとめると、ターン前半をきついRを作ってから倒し込み、後半立ち上がってくるときはターン弧を緩めてから起きあがってくることで、この加速が可能なのではないか、と考えます。

この、前半をきつく、後半をなるべく緩めて、というターン弧 
は、加速云々の話以前からの技術だし、圧がなるべく均等に 
かかる、という点でも物理的に減速要素が少なくなるはずです。 
それで、今までと違う点は、ターン弧を緩めてから立ち上がって 
くる(クロスオーバーの動作を開始する)という点です。 

普通の意識だと、クロスオーバーの動作に合わせながら、ターン 
弧というか、エッジ角度が浅くなっていき、切り替えを行う、 
という感じだと思いますが、これだと、立ち上がってくるときに 
角運動量保存則が逆に効いてきて減速してしまっているはずです。 

そこで、クロスオーバー動作の前に、内足をなるべく平踏みに 
して内足に乗ってしまってターン弧を浅くしてから、立ち上 
がってくるようにしてはどうか、と考えました。 
ターン弧を浅くすると遠心力が弱まるため、それまでバランスが 
とれていたものが内倒になってしまうのですが、外足からターン 
弧内側にある内足に乗ることでバランスを取ろう、と考えました。 


※実は上記戻るときの減速について、クロスオーバー時には重心が円運動していないため、そんなに影響ないかも、という考えも出てきています。


また、レーサーが「ターンをパンッっと開放する」ことで「板のたわみを反発に使う」と感じたりすることがあるのは、急激にターンを止めて、その間にクロスオーバーする事で、角運動量保存則を生かしてるのかも、と思いました。

積極的な切り替え、というのは、じわっと切り替えでなくて勢いをつけて 
切り替えることで、ターンを止めたときになくなる遠心力を補うため、 
クロスオーバーする方向へ慣性をつけておくためでなかろうかと思った。 

板の反発で加速というのは実は、実際には角運動量保存則で加速して 
いるのだけど、このクロスオーバー時の意識が重要になってくるために 
板の反発で加速している、と間違って理解されているんじゃないだろうか。 


【半径が小さくなれば速くなるなら、ターン弧を小さくしても加速するのでは?】

Q:重心がターン円弧中心に近づいて半径が小さくなると加速するのなら、滑走ラインを変えてターン弧を小さくしても同じことでは?
A:滑走ラインを変えた場合には角運動量保存則は効いてこない。

説明:

【実験(A)】 
半径Rの半円から直線になるレール[A]があり、 
レール上をなめらかに動ける軽い台車がある。 
滑車の中に重さmの重りがあり、半円を半分 
進んだところから半円終了まで徐々に中心に 
向かって、長さLだけ重さmの重りが内側に飛 
び 出すしかけになっている。 
重りはバネ等の仕掛けにより動く。 
レールは固定されており動かない。 

これを初速vで動かしたところ、直線のレール 
部分では速度v'となった。 

【レール[A]を上から見た図】 
  >─ ̄ 
 /  ↑ 
∨   R 
│   ↓ 
| ←R→ 
│   ↑ 
∧   R 
 \  ↓ 
  >─______ 

  >─ ̄■ 
 /  ←v 
∨ 
│ 
■ 
∧ ↓(重りの軌跡) 
∧\_  v'→ 
 \ ──■↑L 
  >─_□↓___ 

□ 台車 
■ 台車に乗っている重り 

この場合、角運動量保存の法則により、 
mRv=m(R-L)v1 から v1=vR/(R-L) 
となる。 


【実験(B)】 
次に、重りの軌跡を調べると、半円の半分の 
位置から、半径(R-L)の円弧となっていたため、 
この重りの軌跡と同じ、つまり前半は半径Rで 
後半は半径(R-L)のレール[B]を作り、そこを 
実験(A)で使った仕掛けを作動させず、つまり 
実験(A)で、■が通った軌跡と同じようにレール 
をつくり、そこをただ台車を転がした。 
台車を初速vで動かしたところ直線のレール 
部分では 速度v''となった。 

【レール[B]を上から見た図】 
  >─ ̄ 
 /  ↑ 
∨   R 
│   ↓ 
| ←→ 
∧  ↑R−L 
∧\_↓ 
 \ ───────↑L 
  >─______↓ 

  >─ ̄■ 
 /  ←v 
∨ 
│ 
| 
∧ 
 \_  v''→ 
   ──■──── 

■ 台車と、乗っている重り 

この場合は、ただ単に運動量保存則が働いて、 
v''=v 
となる。 

【疑問】 
なぜ(A)は角運動量保存則が使えて、(B)は使えないのでしょうか。 

なぜ(B)で回転半径が小さくなったのに加速 
が起きないかは、回転系の中心が変わる(半径Rの時の回転中心と、R-Lの時の回転中心が変わってしまう)ので、角運動量保存 
則は当てはまらないから。 


【杭に巻き付くおもりは速くならないから、加速しない】

Q:
例題:長さrのひもを用意します。片方に質量mのおもりをつけて、もう一方は 
   動かない杭にくっつけます。 
   杭の周囲の長さをr/10とし、ひもは杭に巻きつくものとします。 
   初速vを与えておもりを回転させ、10周したときのおもりの速度vを求めよ。 
答え:おもりの速度はvのままで変化しない。
だからスキーでも倒れ込んで重心に近づいても加速しないのでは?
A:ひもが巻き付く場合は角運動量保存則は効いてこないため。

説明:

杭が2本あって、1本に結んである図 

杭1 杭2 
  ‥ 
  | 
  | 紐の長さr 
 m→v 

で考えてみた。 
杭2に紐が引っかかった時、紐の長さはr'=r-(杭1杭2間の長さ) 
となるが、そこでの回転は杭2が中心となるため、角運動量保存 
L=mrv=mr'v'は成立しないね。 
円柱の場合は、これが微少に連続的に起ってる、と考えれば 
いい。 

逆に、鉄棒の大車輪でバーがたわんで中心がぶれる、 
というのは中心自体が移動してて、回転系そのものが動いてる 
から、角運動量保存則が効いてくる、ということだと思う。


【完全な円運動でなければ加速できないから、スキーでは不可能】

Q:完全な円運動でなければ角運動量保存則は効いてこないから、ターン弧やターン弧中心が常に細かく変動するような、スキーの運動に当てはめられない。
A:完全な円運動でなくても角運動量保存の法則は効いてくる。 
だから「完全な円運動でなければならない」ということはないです。 
たとえば、「つ」の字や「し」の字のターンのように、ターン弧Rが 
徐々に変わるばあいでもそう、ということです。 

説明:
一言で言うと、積分して計算すればいい、ということです。 

ターン中のある非常に短い時間、0.01秒間をとって、その間の 
ターン弧Rが13mだったとします。 
この短い時間のあいだはほとんどターン弧Rとその中心は変動 
しないと考えていいでしょう。 
その0.01秒の間に、ターン弧中心方向に向かって重心が1mm 
近づいたとします。これは傾きが強まったとか、伸身したとか、 
方法はなんでもいいです。 

その0.01秒間の始めの時間を t として、終わりを t' とします。 
時間tの時の速度を v、t'の時の速度を v' とします。 
時間tの時の重心の位置半径を r、t'の時を r' とします。 
r' は r の時より、1mm だけ中心に近いですから r'=13m-1mm 

角運動量保存則より 
mrv=mr'v' 
という式がなりたつのですが 
v'=r/r'=v*13m/(13m-1mm) 
と、極微量に加速します。 

これを次の0.01秒間では、vにv'を入れてまた計算すればよい 
ことになります。 
つまりこうして、細かな0.01秒ごとのターン弧Rと重心が近づい 
た量を設定していけば、真円のターン弧でなくても計算出来る 
はずです。 


しかし、軸が変わってしまっては不可能、という意見もあった。
たしかに中心位置が変わると角運動量保存が適用出来ない。

これは、rの変動よりも中心位置(ターン弧R)の変動が十分 
小さいので、このように近似出来る、と考えてもらえればいいでしょう。


また、スキーの進行方向に直角の方向に力でなければ角運動量保存にならないので、力の方向が変わっては不可能では、という意見もあった。

これも、進行方向に直角の方向の力だけ角運動量保存に関わってくるわけだから、運動の方向のうち直角方向(ターン中心へ向かう方向)の成分、だけで計算すればいいでしょう。


【ブランコの加速は、角運動保存ではなくエネルギー保存則で説明されるもの】

Q:ブランコの加速をエネルギー保存則によって解いている大学入試問題がある。

「1984 横浜国大 物理第1問」
だから、ブランコの加速は角運動量保存ではなく、エネルギー保存則で説明されるものなので、角運動量保存則を使おうとすること自体が間違い。
A:エネルギー保存則でも加速後の速度を計算できるが、なぜ加速するのかという理由は角運動量保存則により説明されるもの。

説明:

この問題を良く読むと、なぜこれで「角運動量保存則じゃない」 
とは「言えない」のがわかります。 

ここの設問の最初のほうに、 
「振幅が増大するのは人間が何らかの仕事をして,ブランコと 
人間の系の力学的エネルギーを増大させるからである。」 
とあり、その後エネルギー保存則より速度を算出するように導 
いています。 
しかし、重心を加速するためには普通(高校物理)なら、加速方向 
に力が加わることで加速されるはずで、その力から速度変化を 
算出することも出来るはずです。 
ですがここでは、どの方向の力により加速されているのか説明 
はありません。 

高校物理の範疇で考えるとき、力を加える方向(重心を上げ下げ 
するのにかかる力の方向、回答の中心へ向かう方向にあたる)と、 
運動している方向(重心の移動方向、回答のv方向にあたる)が 
直交しているので、普通にベクトルで作図すると、進行方向向き 
の加速は起らないはずです。 
(このへんの議論は今ちょうど747とやってるとこだけど) 

つまりこの設問で「何らかの仕事をして力学的エネルギーを増大 
させるから」という言葉で、角運動量保存則により加速している、 
ということを(高校の物理では角運動量保存則は出ないから隠して) 
書いてあるのだと思います。 


逆に、このページの説明から、角運動量保存の計算と、 
エネルギー保存則が矛盾しないか、説明出来ます。 

例えば(3)の設問で、角運動量保存則による速度変化から 
エネルギーの変化を考えると、 
L = mlv0 = m(l-Δl)v0' より、v0' = v0*l/(l-Δl) 
 増えた運動エネルギー(式1) = (mv0'^2 - mv0^2)/2 = mv0^2((l/l-Δl)^2-1)/2 
というのが正解です。 

でもここでの正解は違っていて、 
 増えた運動エネルギー(式2) = mv0^2Δl/l 
となっています。(ちなみに回答途中のΔのところ、Δlの書き間違いだね) 

なぜ値が違ってくるのか、これはむろん設問者もわかっていて、 
設問に「ただし遠心力の大きさはひざを伸ばしたり,曲げたりするあいだ一 
定であると仮定し,屈伸を始める直前の重心C の速さを用いて計算せよ。」 
とあるからです。 
ほんとうなら、重心が動く過程で遠心力は変化してくるため、この 
計算結果あくまで近似値になります。 
つまり遠心力があまり変化しない条件でしか、この回答は正しくない 
と言えると思います。 

実際に計算してみます。 
m=1, v=1 として計算すると、 
l=10, Δl=1 の時 
 (式1) = 0.117283951 
 (式2) = 0.1 
l=100, Δl=1 の時 
 (式1) = 0.010152025 
 (式2) = 0.01 
という具合に、遠心力の変化の影響が少なくなるほど、(式2)の 
値が(式1)の値に近づいていくことがわかります。 


【角運動量保存則ではなく、運動ベクトルで説明できるのでは?】

Q:ブランコの加速は、角運動量保存則ではなく、運動ベクトルで説明できるのでは?
紐で錘を引き寄せる力の方向は、錘の運動方向と垂直では無いので、進行方向成分を 持つ。これで加速する。 
ここの、一番下の図からイメージをつかんでもらいたし

http://member.nifty.ne.jp/tamamim/hobby/goldenratio/rect/rect&rasen.html

参考:スキーチャンネルで、Ski Journal誌で「知識のサプリメント」連載中の藤井氏が書かれた、これと同じ理論を説明した図。
http://www.skichannel.ne.jp/sj/chishiki/3.html



A:運動ベクトルで説明できる。これが原理と考えて、角運動量保存でも説明や計算が出来る、と考えた方がわかりやすい。

「ブランコの加速」原理の図示



青い矢印が、ある時間t[n]での速度ベクトル (vx, vyにあたる)
赤い矢印が、ある時間t[n]〜t[n+1]間の向心力と伸び上がりの加速度を積算
した速度ベクトル ((ax + asx)*DT, (ay + asy)*DTにあたる)
紫の矢印が、青と赤の合成ベクトルで、次の時刻t[n+1]での青い矢印になる。

t0〜t3までは加速をつけて伸び上がっており、t3〜t5までは伸び上がりを止め
ようとしている。
t5では伸び上がりが止り、また円運動に戻っている。

t0の時の回転方向速度と比べ、t5の時の回転方向速度が増していることが
確認できる。
これなら感覚的にも、ベクトルの演算で加速されるのが解ると思う。
そして、赤い矢印に加速度を加えることは、糸で引っ張られていようが、糸で
引っ張られる台の上で立ち上がっていようが、円形のレールの上を走る台車
の上で立ち上がろうが、同じように可能だということも理解できると思う。



「ブランコの加速」シミュレータ

前記の原理をそのままシミュレータに当てはめたもの。
vが速度、赤が伸び上がる力を掛けているところ、紫が遠心力に耐えている力。
伸び上がった後の速度が増しているのがわかる。